
オペラの制作
このセクションでは皆様によりオペラに親しんでいただくために、どのような過程を経て一本のオペラが観客に届けられるのかご説明します。
オペラ制作の手順
作品選定と仕事の依頼
まず、オペラの上演企画は公演内容を決定する所から始まります。演目の決め方には様々な方法がありますが、上演団体が内々に会議内で決めることもあれば、音楽監督や芸術監督、あるいは団体を主宰している総監督のような立場の人が決めることもあります。
演目が決まったところで、監督的役割を担う代表者を含んだ制作側の主なスタッフが決まります。公演内容が新たに作曲するオペラである場合は、既に作曲家が決まった状態で作品の創作を依頼し、楽譜が出来上がった時点で作業が開始されます。また外国語の作品の場合、訳をつけて上演するのか原語で上演するのか決める必要があります。同時に公演日も仮決定し、数年後の本番に向けて制作会議を開いたり指揮者や演出家の決定を行います。(日本の場合、多くの公共劇場の申し込み受付が1年前から始まるため、2~3年前に企画が決まり1年前に公演日の最終決定を行うケースが一般的です。)
次にオペラの出演者を決定するキャスティング作業に入りますが、オペラの場合役柄に合った声質が重要視されるため、声質を確認するためのオーディションを行うことが多いです。
また指揮者と演出家が決まると、「スタッフィング」と呼ばれる会議で各スタッフとデザイナーが決められていきます。ここで指揮者は合唱指揮者や副指揮者、練習ピアニストなどを含む音楽スタッフチームを構成し、演出家は舞台装置や衣装、照明に精通したプランナーを選出したうえで演出スタッフチームを構成することになります。
1.
・製作スタッフ…オペラの企画運営や稽古スケジュールの調整、稽古場の手配や準備、チケ
ットの管理や販売を行う人々
・舞台スタッフ…演出家や演出助手、舞台監督、舞台監督助手、ステージマネージャーなど
の舞台の進行に関わる人々や、舞台道具、照明、衣装、メイクに携わる人々
・音楽スタッフ…指揮者やピアニスト、合唱指揮者、コレペティトゥーア(オペラ全般の知
識を持った練習ピアニストの責任者)など舞台上の音楽全般に関わる人々
音楽稽古
2.
出演者が決まると、本番の1年前から半年前にかけて音楽スタッフによる音楽稽古が始まります。この稽古では最終的に指揮者が立ち会いますが、その前に「コレペティ稽古」と呼ばれる段階があります。「コレペティ」とはドイツ語の「コレペティトゥーア」という言葉を略したもので、指揮者の音楽的な意図を歌手に伝えながら下稽古を行う音楽スタッフのことをさせます。彼らは音楽的な指導のみならず、歌詞の正しい発音や作品に準じた発声方法を歌手に伝えます。またコレペティはオペラの内容や時代背景にも精通しているため、物語の意図や歌詞の意味をも伝えながら稽古を行うことによって、歌手はより臨場感と説得力の伴った歌唱法を身につけることが出来ます。
また音楽稽古で忘れてはならないのが、「オペラピッチ」と呼ばれる音楽的な確認作業です。ここでは、歌手が歌の最高音を出せるか否かを確認し、難しそうであれば最高音と調和する低い音に変更したりと、彼らが無理なく歌えるように音程の調整を行います。
立ち稽古
3.
「オペラピッチ」の確認と歌手の暗譜を終えると、次に本番日の4ヶ月前から2ヶ月にかけて立ち稽古によって演出家による動きや立ち振る舞いの稽古を行います。稽古場には簡易的な舞台装置と稽古用の小道具が用意されており、衣装プランが完成している場合はデザインが張り出されます。また稽古場には照明デザイナーや音響デザイナーも訪れ、稽古を参照しながら演出家と話し合って作品を作り上げていきます。
立ち稽古では「粗立ち」と呼ばれる部分的な稽古から始まり、とりあえず全体を通してみる「粗通し」を経て、初幕から終幕までを行う「通し稽古」をこなしていきます。音楽も初めはソリスト中心ですが、中盤からは合唱も参加します。
「粗通し」はオペラの場合、劇場入り数週間前に行われるのが一般的です。この稽古で出た様々な問題点や変更点を確認し、その後の「直し稽古」で修正したのちに本番に近い状態で行われる通し稽古に進みます。因みに大型のオペラでは100人近くの出演者が登場するため全員を集めた稽古を何度も行うことは費用面で難しく、従って早い時期に粗通しを行い、問題を洗い出した後に個別で直し稽古を行うことで稽古の効率化を図ります。
粗通しと直し稽古が完了すると、劇場入りの直前に「通し稽古」を行います。ここでは副指揮者がリズムをとる他の稽古と異なり、正指揮者が指揮を行います。
この通し稽古は劇場に移る前の最終的な稽古となるため、照明や舞台装置デザイナーも同席し、最終的な仕込み図を完成させます。また、制作スタッフや総監督もこの稽古を見て演出家や出演者が作り上げた作品の最終確認を行い、ようやく稽古場から劇場へと移ることが出来ます。
オーケストラ練習と合わせ
4.
通し稽古と同時期に、オーケストラや音楽スタッフによる「オケ練」と呼ばれる練習が始まります。ここでは歌手と指揮者の練習と同様に、指揮者が自分の思い描く音楽を表現するためにオーケストラを誘導していきますが、オケ練は経費問題で数回しか出来ません。そのためこの稽古では実際に音を出してみて大きな問題点がないか確認する程度にとどまり、オーケストラの規模などで問題が発覚した場合は演奏者の増減が検討されます。
そしてオケ練が終わると、合唱を含めた歌手の歌とオーケストラの音楽を合わせる「オケ合わせ」が始まります。この練習では上演中オーケストラのみで演奏する部分を省き、歌と伴奏音楽の練習に時間がかけられます。ここではまたピアノの伴奏ではなく本来の音楽を用いるため、演出家が参加することが多いです。
仕込み当日は劇場の搬入口が開けられ、ついに長い期間を経て熟成されたオペラが劇場に場所を移すことになります。舞台では搬入と並行しながら、照明や舞台装置などの「吊り物」と呼ばれる部分の作業が優先されます。その後、舞台装置の床面や大道具の組み立て、衣装やメイク用品の搬入、さらには照明や音響の舞台上での仕込み作業やオーケストラピットの調整が行われます。
仕込み作業
5.
舞台装置の組み上げが完了すると、照明の調整が始まります。この時間は照明を効果的に作り出すことに重きが置かれ、照明家のみならず演出家や舞台装置家も協働して二つの作業を行います。
一つは「照明シュート」と呼ばれる作業で、実際に舞台装置を組み上げた上で上手く光が当たるように調整したり、光が照らす範囲や光に色を付けるフィルターをしようして色合いの調整を行います。
そしてもう一つは「プロット」と呼ばれる作業で、ここでは照明シュートで合わせられた照明器具を組み合わせて場面ごとの明かりを作ります。また、同時間に音響の確認や調整も行われます。
これらの作業を通して、照明家は観客側からの舞台の見え方や見栄えの良い光の当たり方を微調整していきます。
照明
6.
前述のプロットが終わると、「テクニカルリハーサル」と呼ばれる技術的な稽古が始まります。ここでは舞台装置を転換などで動かす場合を想定して、照明とタイミングを合わせたり装置移動のスピードや時間を決めていきます。この稽古では必ず舞台装置の転換を伴うため、舞台上の音響機材の転換についても同様に調整していきます。ここで音響機材の転換の段取りや担当分け、ケーブルの引き回しなどで問題があった場合は、ステージチーフによって回線や音響機材の変更が行われることがあります。
テクニカルリハーサル
7.
オペラの出演者である声楽家や助演、合唱が実際の舞台装置の置き位置と自分の立ち位置を確認する稽古を「場当たり」と言い、演出助手と舞台監督助手によって進められます。場当たりでは音楽を伴わず進行しますが、音楽のリズムと合わせて登退場する場合や早替え(素早い衣装の交換)がある場合は、ピアノの伴奏に合わせて時間を図ります。また音響側はこの場当たりの前に、出演者に必要な情報が行き渡るようあらかじめ楽屋呼び出しマイクがきちんと準備されていることを確認しておく必要があります。
場当たり
8.
場当たり稽古が終了すると、次にドイツ語で“主要リハーサル”の意味を持つ「パウプトプローベ」(ハーペー)が行なわれます。この稽古は次の段階で行われる総稽古とは異なり、上演中に問題があれば中断しその場で解決していきます。そのため、ハウプトプローベは最終的な総稽古であるゲネプロに向かうための下準備であると言えるでしょう。なお、ハーペーの前に、場面ごとに区切ってより厳密なチェックを行う「クライネハーペー」を入れることもあります。
ハウプトプローベ
9.
ゲネプロ
10.
「ゲネラルプローベ」(「ゲネプロ」)は全て本番と同じ条件で行う総仕上げのリハーサルのことで、重要な問題点が見つからない限り途中で止めることはありません。とはいえやはり何らかの不手際が生じる場合も少なくないため、オーケストラ付きのハウプトプローベを行い、ゲネプロまでに客席にも完璧な音響空間を準備しておくことが必要になります。
また、ゲネプロの特徴として、関係者や新聞記者、評論家などに向けて広報に活用することがあります。最近では、友の会の会員、青少年や地域の人々をゲネプロに招くことで、よりオペラに対する理解と興味を深めてもらうきっかけを作るといった団体も少なくありません。
そうしてやっと完成したオペラは、本番で日の目を浴びることになります。
オペラの初日は「プルミエ」と呼ばれます。特に新しい演出で行われる公演の初日は特別な日とされ、批評家、新聞記者、オペラ関係者などが招かれ、観客もオペラ好きな人々が数多く集まります。
また公演でオペラカーテンが利用される場合、終演時にはオペラ独特のカーテンコールが始まります。これは「幕前」と呼ばれ、オペラカーテンの中央にある合わせ目からソリストなどの重要な出演者が登場し、観客からの拍手を受ける儀式です。カーテンコールが数回続いた後でソリスト以外の合唱や助演の方々も拍手を受け、ようやくオペラは幕を閉じます。
11.
本番
これらの過程から、オペラに限らず舞台芸術は多くの人々の努力と長い時間をかけて作り上げられていくものであることが分かります。たった短期間の上演のために、数多の人々が知恵と技術を駆使し、伝統を継いだ上でこれまでにない新たな演出を組み立てていることを理解したうえで改めてオペラを観ると、きっと皆様もそれまで以上の感動を味わうことが出来るでしょう。
参考文献
・資料『これまでのキャリア形成と兵庫県立芸術文化センターのオペラ制作』(2018)
・小野隆浩『オペラの音響デザイナー 音と響きの舞台を作る』 新評論(2010)
・オペラの舞台裏https://sound.jp/s-adviser/buona/aokabi/butaiura.htm#