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20世紀後半〜21世紀​
​戦後ドイツの社会・文化

 まずは、前提となる戦後ドイツの社会・文化について、重要な4つのポイントを紹介していきます。

 ドイツ独自の社会のしくみや芸術文化の楽しみ方があるので、日本の生活との違いに驚く方々もいらっしゃるかも…。

1.​

​ゲノッセンシャフト (協同組合)

 ゲノッセンシャフト(日本語に訳すと「協同組合」)とは、同じ目的を持った個人や事業主が集まり、資金を出し合って組合を作り協同で運営していくものです。これに加入する組合員同士はお互いに助け合うことで、有利な金額で取引できたり、より品質の良い商品を売り買いできたりします。このゲノッセンシャフトの理念は、協力、平等、連帯、公開性などに基づいたもので、経済分野だけでなく、社会的・文化的な分野でも使われています。

これほどに制度が確立され持続しているのは世界的にも珍しいため、2015年にはドイツ初のユネスコ無形文化遺産に認定されました。 

住居ゲノッセンシャフト トリ.png

シュベリーン住宅ゲノッセンシャフト​ (協同組合)

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ゲノッセンシャフト博物館 トリ.png

​ライヒェンベルク  パン職人ゲノッセンシャフト寄贈

​ドイツ・ゲノッセンシャフト博物館 (ライプツィヒ近郊)

​  創設者ヘルマン・シュルツェ=ディーリチュ

 ちなみに日本でも、このゲノッセンシャフトの考えはしっかりと浸透しています。「coop」のスーパーでおなじみの「日本生活協同組合連合会」ですが、これにつながる生協運動の始まりは1920年初頭に神戸の灘で始まりました。そして“生協の父”と呼ばれる、生協連の初代会長・賀川豊彦を中心に全国へ広まっていきました。

 

 『マイスタージンガー』の作者であるリヒャルト・ワーグナーは、無政府主義者であったとされ、このゲノッセンシャフトによって市民自身が助け合い、民主主義的に社会を運営していくことが、新時代の基礎になると考えていました。ワーグナーは『マイスタージンガー』の中でも、ザックスたち親方を中心とする共同体に、新しい風を吹き込もうとするヴァルター、古いやり方に固執しすぎるベックメッサ―を対比させています。同業者組合である職人のツンフトや商工業者のギルドの閉鎖性を克服して、より近代的な公益団体であるゲノッセンシャフトの誕生の今後の可能性を暗示するように物語を展開していきます。

2.​

​ユダヤ人迫害の反省

 第二次世界大戦後にナチスによるユダヤ人迫害が明るみに出ると、ドイツではそれに対する深い反省から、反ユダヤ主義を連想させるような表現はタブーとなりました。戦後期からは、映画・写真集・文学など多くの芸術分野で、ナチスの非道ぶりを暴く作品や迫害されたユダヤ人の生活の様子とらえた作品が多く世に出て、人々に衝撃を与えます。

 また、ナチスによる迫害を忘れないために多くのモニュメントが各地に作られました。2005年に竣工されたピーター・アイゼンマンの『虐殺されたユダヤ人のための記念碑』が有名ですが、その他にも様々な作品がつくられています。

 そういったいわばドイツ人贖罪の時代の中で、ナチスのプロパガンダに反ユダヤ主義的思想の象徴として利用された過去を持つ『マイスタージンガー』も演出の変化を余儀なくされました。

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ピーター・アイゼンマン

​『虐殺されたユダヤ人のための記念碑』

3.​

​なぜ斬新な演出が多い?

 日本では、オペラを上演するときは原作に忠実で王道の演出が人気だと言われています。一方、ドイツでは一つの作品に対して競うように様々な演出が付けられ、驚くような斬新な演出も登場しています。どうして、ドイツでは原作とかなり離れた演出も受け入れられるのでしょうか?理由はいくつかありますが、2つほどご紹介しましょう。

 

 1つ目は作られるオペラの数が日本とは比べ物にならないくらい多いということ。2013年時点では、オペラやバレエの上演だけを目的とした公立のオペラハウスはドイツ全国に14あり、オペラ・バレエ・演劇の3ジャンルの舞台芸術を上演する公立の〈三部門劇場〉と呼ばれる劇場は約70あります。演劇だけを上演する劇場を含めると、ドイツには全部で142の公立劇場があります。2013/2014年のシーズンでは、オペラの上演回数だけで5918ステージに上ります。これだけ多くオペラがつくられているなら、同じ演出を繰り返していては飽きられてしまうというのはうなずけますね。

 一方、日本ではオペラの上演が連続的に可能な劇場は、財政的にも設備的にもほとんどありません。年に1つのオペラを自主制作できる劇場も非常に限られています。そのため、多くの観客にウケる、分かりやすく無難な演出(家)が好まれるのです。

 

 2つ目は、ドイツの劇場は作品鑑賞の場としてだけでなく〈創造の場〉としての役割を果たしているということ。オペラの演出に関しても創造性が重視されていて、大手の劇場でつくられた既成作品が全国を回るのではなく、各都市の劇場が実験的・前衛的な演出を行い、切磋琢磨しています。その点で、観光地化され大都市の有名なオペラハウスよりも、地方都市の劇場の演出のほうが、むしろ革新的です。地元の観客の目が肥えているので、観光客よりも鋭い批評を出します。このような観客が演出家や音楽家を育て、鍛えているのです。

4.​

​ドイツにおける芸術文化の役割

 ドイツにおいて、芸術は、ただステージの間だけ楽しんで終わりというものではなく、それが終わったあと作品についての議論を深めるというところまでセットになっていて、〈考えさせる芸術〉としての役割があります。例えばコンサートやオペラの休憩時間に多くの観客がホワイエに出て、今の公演について意見を交わし合う光景が見られます。また、演劇は昔から道徳的な教育や人格形成に役立つものだとされていて、青少年向けの演目やワークショップが多く催されています。

 そのためオペラの演出にも、議論を起こさせるような、社会的なメッセージが暗示されていたり、議論の的になったりするものがたくさんつくられています。自分とは違う意見の人がいることを知り、討論し、最後には尊重し合うことで、より柔軟な人格が形成されると考えられています。こうして、舞台芸術を通して多様な考え方や文化的背景の異なる人々を理解し、相互に認めあう、寛容で包容力のある市民社会が形成されます。日本と桁外れの文化予算が税金から投入される根拠は、このような多様性と寛容性にとんだ民主的な社会をつくるという、ブレない文化政策が確立されているからです。

 みなさんはオペラ『ニュルンベルクのマイスタージンガー』を見て何を感じ、何を考えましたか?

​参考文献

ー藤野一夫、秋野有紀、マティアス・テーオドア・フォークト編『地域主権の国 ドイツの文化政策 人格の自由な発展と地方創生のために』、2017年、美学出版

ー藤野一夫「恣意を超えた純粋に人間的なもの−−《ニーベルングの指環》における個人と社会の自律的生成『ワーグナーシュンポジオン2014』日本ワーグナー協会編、東海大学出版部、2014年

ー藤野一夫「文化的コモンズと市民社会―ゲノッセンシャフト概念を手がかりに」『文化・芸術を活かしたまちづくり研究会』最終報告書、(公財)大阪府市町村振興協会、2018年

ーGenossenschaften in Deutschland https://www.genossenschaften.de/ (最終閲覧日 2020/04/26)

ー協同組合の歴史 | 日本生活協同組合連合会 https://jccu.coop/about/history/​ (最終閲覧日 2020/05/03)

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