学生の対談1 登場人物について
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対談メンバー
のんちゃん:発達コミュニティ学科2回生。アマオケに所属し、音楽を通して人見知りを克服しようと奮闘中。バロック音楽が好き。
おりちゃん:発達コミュニティ学科3回生。小学生の頃ミュージカルにはまり、お芝居が好き。現在は大学の演劇部に所属している。
あっちゃん:国際文化学研究科1回生。ドラマ「のだめカンタービレ」でベト7に惹かれ、中学生の頃からオケでフルートを吹いている。

ヴァルターについて
おりちゃん:今回のテーマは、『マイスタージンガー』の登場人物たちを分析してみよう!です。まずは、若い騎士、ヴァルターについて考えていきましょう。ヴァルターは、エーファと結婚するために歌合戦優勝を目指すことになるのですが、この点についてどう思いますか?
のんちゃん:芸術を活性化させるためにマイスタージンガーを目指すのではなく、エーファの愛を勝ち取るためだけに目指すっていう点では、私欲的な人物なのかなとおもいました。
おりちゃん:なるほど。私も私欲的な人物って言っていいのかもしれないと思います。『マイスタージンガー』は、自然な衝動に身を任せて生きていた青年がマイスターたちと出会い、歌作りに取り組むことで精神的にも成長する話だと思っているので。
あっちゃん:でも、もともと、マイスタージンガーの長の娘は歌合戦で優勝した人と結婚しないといけないっていう決まりはないですよね。ポーグナーが勝手に決めただけであって。だから、私欲的ってわけでもないのかなって思いました。好きな人と結婚したいっていうのは、自然なことだから。
のんちゃん:確かに。
あっちゃん:ここでは「自由恋愛」がテーマになっています。歴史的・文化的にも「結婚制度」と「自由恋愛」は矛盾することがほとんどだったようですので、後継選びの手段として歌合戦を導入したというポーグナーの考えは、一面ではイエとイエの間での取引としての結婚制度を超える意味もあったと思います。封建的社会から近代市民社会への転換には、自由恋愛にもとづく家族の形成があります。その中間にある民主主義的な手続きとして、歌合戦とその評価システムを導入したとも考えることができますよね。
おりちゃん:貴族と職人の娘という身分を超えた結婚は現実的には難しかった。その身分格差を克服する手段として歌合戦に貴族の参加を許す、という特例が導入されたわけですね。
のんちゃん:ここにはワーグナーの結婚観や女性観が反映されているわけですよね。ワーグナーは「愛をとおして理解されること」を熱望していましたので、「結婚制度」による愛のない結婚を肯定するのではなく、社会のしがらみから解放された「無条件に愛する女性」を描くことで、本当の愛とは何かを模索していたのかもしれないですね。
あっちゃん:結婚に関する話はまた後ほど議論しましょうか。このほかに、ヴァルターに関して疑問を持っている人はいますか?
おりちゃん:はい。『マイスタージンガー』の物語的には、ヴァルターが優勝してエーファと婚約しておしまい、でいいと思うのですよ。でも、実際は、ヴァルターがマイスタージンガーの称号を得ることを拒否して、それをザックスが諭すという形で大演説が行われ、ザックスが民衆に称えられて物語は終わります。それは、なぜだろうって疑問に思いました。私はそれを見て、ザックスに良いところを横取りされてしまったなと思ってしまいました。
のんちゃん・あっちゃん:(笑)
のんちゃん:『マイスタージンガー』では、ヴァルターとエーファの愛の物語よりも「市民芸術の賛美」というテーマの方が重要視されている気がしますね。
おりちゃん:タイトルも『ヴァルターとエーファ』ではなく『ニュルンベルクのマイスタージンガー』ですからね。
あっちゃん:確かに、ヴァルターよりもザックスに焦点が当たる場面の方が多かったように思います。
おりちゃん:ワーグナー自身もこの大演説を組み込むかどうかは悩んでいたみたいです。しかし、妻のコジマとまる一日議論をしたうえで、この大演説で物語を締めることにしたらしいです。ザックスにはワーグナー自身を投影している面があるといわれていますよね。彼は、ザックスに自分自身の考えを代弁させたかったのかも。だから、あの大演説のシーンを作ったのかもしれないと思いました。ほかに、気になっていることはありますか?
あっちゃん:はい。ヴァルターはマイスターの称号を得て、エーファと結婚してからどうなるのか気になります。騎士という身分は変わらないのでしょうか。マイスタージンガー組合はもともと、手工業者の親方たちで構成されていますよね?
おりちゃん:私は、ヴァルターが今回マイスタージンガーの称号を得たことによって、今まで凝り固まっていた組合の仕組みや規律が刷新されていくのではないかと思ったので、今後も騎士でありつつマイスタージンガーでありつつとなっていくのではないかなと思います。ベックメッサーも市の書記官ですし、この物語上では手工業者だけが組合に入れるというわけではなさそうですから…。
あっちゃん:騎士階級の人が民衆の文化に携わることは、実際の中世においては不可能そうですよね。
のんちゃん:これはフィクションですから、ヴァルターが騎士のままマイスタージンガーになるという想像もできるというわけですね。出生や身分で人間を決めるのではなく、芸術と仕事を統一して、様々な能力や個性の持ち主が助け合っていく社会、それをワーグナーはフィクションとして描いたのでしょう。
あっちゃん:そうそう、芸術にもとづいたゲノッセンシャフトの実現ですね。そのような観点から、ヴァルターやエーファ、ザックスといった登場人物の今後について想像を膨らませるのも、オペラの一つの楽しみ方といえるかもしれませんね。

エーファについて

おりちゃん:続いては、ヴァルターと恋におちた娘、エーファについて話していきたいと思います。エーファについて気になることはありませんか?
あっちゃん:はい。エーファは自分が歌合戦優勝の賞としてさし出されることに関してどう思っていたと思いますか?
おりちゃん:かわいそうですよね。
あっちゃん:うん。自分で自由に結婚相手を決められないなんて…。
おりちゃん:第2幕でヴァルターと駆け落ちしようとしていたことを考えると、初めは父の考えだから受け入れていたが、愛する人ができてしまったためほかの人の花嫁になることは考えられないと思う様になってしまったのではないかと思います。
あっちゃん:ワーグナーが作った『さまよえるオランダ人』というオペラにも、父ダーラントが娘ゼンタを売るというシーンがありますよね。ここには、『マイスタージンガー』のポーグナーとエーファの関係に似たものを感じますね。ポーグナーがどう思っていたかについても後で話してみましょうか。
おりちゃん:そうですね。他に疑問を持ったことはありませんか?
のんちゃん:ザックスに思わせぶりな態度をとるエーファについて気になりました。民衆劇だからこそなのでしょうか、なにか俗物的なものを感じました。みなさんは、どう思いましたか?
あっちゃん:確かに、なぜヴァルターのことが好きと言っておいて、ザックスにも気をもたせるようなことを言ったのですかね。(第二幕第四場)
おりちゃん:私は、エーファは、信頼しているザックスに自分の味方になってほしいから、そのような態度をとったのではないかと思いました。女性のずるいところが描かれているのではないかと。
のんちゃん・あっちゃん:(笑)
あっちゃん:ザックスは、エーファが子供のころから彼女のことが好きだったというように言っていましたよね。(第二幕第四場)
おりちゃん:ザックスは自分の娘に対しての愛情のようなものをエーファに抱いていたのでしょうか、それとも、恋愛感情を抱いていたのでしょうか。
あっちゃん:うーん、娘に抱くような愛情だったのではないでしょうか。年の差的にも。ザックスは奥さんを亡くした男やもめとして描かれていますが、子どもがいたのかどうかはわかりません。そのような境遇にある男の心理はどうなんでしょうか。
のんちゃん:私は、恋愛感情だったのではないかという様に思いました。第三幕第四場のセリフをみると、このシーンで、ザックスがエーファへの思いを完全に断ち切ったという様に見えませんか?
おりちゃん:そうですね。これより前のシーンでも、ザックスはすでにエーファへの恋心を諦めている描写がありましたよね。
あっちゃん:第一幕第三場のシーンで、ザックスは、「歌合戦でエーファから賞を受けるものは私やあんた(ベックメッサー)より若くなければ」と言っています。年の差があるということもあり、エーファから身を引こうという思いがこの時点から現れているように思えますね。
おりちゃん:続いては、エーファの父でマイスタージンガー組合を仕切る親方、ポーグナーについて考えていきましょう。いかがでしょうか。
あっちゃん:私は、ポーグナーとベックメッサーの関係性について気になりました。第一幕第三場で、ポーグナーはほかの親方たちより先に娘を歌合戦の賞品とするということを伝えていますよね。マイスターとして、ベックメッサーに対抗できる相手は少ないとも。そこから、ポーグナーはエーファとベックメッサーが結婚してもかまわないと思っていたというように読み取れませんか?
のんちゃん:私もそう思います。ポーグナーはベックメッサーを評価していたと。
あっちゃん:ベックメッサーは市の書記官であり、歌学校で判定係を務めるほどなので、教養やマイスタージンガーとしての才能も持ち合わせていたはずですから、娘にとっても自分にとっても良い相手だと思っていたのでしょうかね。
おりちゃん:そうですね。ポーグナーは市民が悪徳商法や金にしか目がないという風評を是正するための手段として、市民的なマイスタージンガー組合から生まれる芸術を発展させようとしている人物です。このために、娘エーファは利用されているといえますが、婚約を拒否する権利をエーファに与えているという点では、エーファに対しての優しさがみられるのではないでしょうか。
あっちゃん:エーファに拒否権を与えていることから、もしベックメッサーが優勝しても、エーファは彼を好いていないから拒否すると考えていたかもしれませんね。ベックメッサーが地位と芸術の才能とを兼ね備えていることを考えると彼とエーファを結婚させた方が都合よさそうですが、ポーグナーは無理やり結婚させようとはしなかった。当時は、恋愛結婚はめずらしかったことが考えられますから、エーファに決定権が与えられていることは最大限の譲歩といえると思います。しかし一方で、エーファは拒否をしたら、他のマイスターとも、もちろんヴァルターとも結婚できない。一生独身を貫かねければならないというリスクを負っているということにも注意が必要です。
のんちゃん:なるほど、だからいわば「安全パイ」としてエーファはザックスへの思いを立ちきれないのでしょうね。
あっちゃん:ザックスの方も、エーファの気持ちを尊重して、自分がベックメッサーからエヴァを守ってあげなければ、という半分は父性愛があります。このあたりの複雑な心理の絡みが、単純には理解できないけれども、人間関係、男女関係、社会関係のリアリティを浮き彫りにした面白さでもあります。理屈を超えた感情の動き。これが人間的なものの表現としてのドラマの醍醐味ですね!
おりちゃん:それはそうと、ポーグナーはなぜ娘を歌合戦の賞品として差し出したのだと思いますか?
のんちゃん:ニュルンベルクの芸術の発展のため、より多くの市民に参加してもらいたいと思っていたからですかね。
あっちゃん:あとはやはり、自分の娘をやれるのは、歌合戦に優勝するほどの芸術家としての才能の持ち主ではないといけないと思っていたのではないでしょうか。
のんちゃん:ベックメッサーに限った話ではなくて、芸術の才能にあふれた人なら娘を差し出しても良いと思っていたのかもしれませんね。
おりちゃん:歌合戦の賞品として出した方が、メリットがあるという判断から、最初からベックメッサーと結婚させようとはしなかった可能性も捨てきれませんね。
のんちゃん:様々な解釈ができますね。これを見た人にも、是非考えてもらいたいですね。
ポーグナーについて
