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​バイロイト音楽祭
20世紀後半〜21世紀​

 ここでは、戦後バイロイト音楽祭について、『マイスタージンガー』の演出をいくつか抜粋しながら紹介したいと思います。

1.​

​戦後のバイロイト音楽祭の再会 / 「新バイロイト」様式の誕生

 ワーグナーの思想や精神はナチスに歪曲され濫用されてしまう、という陰鬱な歴史的背景を持っています。その影響を受け、戦後バイロイト音楽祭も、ナチ協力者として知られていたヴィニフレート・ワーグナーが関わるかぎり、連合軍によって禁止されることになりました。そんななか、母ヴィニフレートに代わり、リヒャルト・ワーグナーの孫、ヴィーラントとヴォルフガングの兄弟が音楽祭の再興のために尽力しました。1951年に再開されたバイロイト音楽祭の「非ナチ化」を推進するために、ヴィーラントはワーグナーの楽劇を徹底的に読み直し、祖父の作品の中から「新バイロイト」と呼ばれる全く新しい様式を生み出しました。ヴィーラントの革命的ともいえる演出方法は、豪華絢爛を売りにするオペラに付き物の豪華な衣装や、写実的な舞台装置(大道具)や、大袈裟な演技とかけ離れていたため、戦前からのバイロイト音楽祭のファンから批判も受けました。

2.​

​ヴォルフガング・ワーグナー時代

 1966年、兄のヴィーラントの死後は、ヴォルフガングが長年にわたり音楽祭を取り仕切りました。彼の演出は、基本的にはト書きに忠実な演出が全体的な特徴として挙げられます。しかし、最後に演出を手掛けた1999年の作品は、1984年のホルスト・シュタイン指揮の古色蒼然としたものから、だいぶ現代化されています。2つの演出の間には、チェルノブイリの原発事故や緑の党のエコロジー運動の影響があり、戦前と戦後の断絶ほどの違いはないにしても、ドイツの現代史をより映し出すようになっています。

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​1984年 ヴォルフガング演出

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​1999年 ヴォルフガング演出

3.​

​リヒャルト・ワーグナーのひ孫時代

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​2008年 カタリーナ演出

 2009年からはヴォルフガングの二人の娘、カタリーナ・ワーグナーとエファ・ワーグナーが総監督のポストに就き、現在に至っています。カタリーナは、同劇場最年少で女性として初めて正式に『マイスタージンガー』の演出を担当しましたが、ヴォルフガングと対照にまったく斬新な演出がされており、議論を巻き起こしています。「原作との矛盾だらけである」、「不必要に感じられる性的描写などの『演出の意図』が理解不能である」、といった演出面への批判だけでなく、史上例を見ない「新人ばかり」の歌手陣など、音楽面へも公演への批判があがりました。

一方で、「Wach auf!Es nahet gen den Tag(目覚めよ、朝が近づいた)」から最後のカーテンまで、彼女のまったく新しい解釈は、オペラ制作の傑作とも評されています。彼女の演出は、過去の親世代や、過去のナチの抑圧、バイロイトでの父親の軽薄でナンセンスなオペラ作品に対する反発として現われているのです。

4.​

​ユダヤ人演出家バリー・コースキーの作品

 ワーグナー作品に見え隠れする反ユダヤ主義の側面をナチは濫用していましたが、その影響により、ワーグナー家の演出家は、『マイスタージンガー』の演出においてユダヤ性を意識させる表現を極力避けています。バイロイトでのマイスタージンガーのユダヤ問題を意識させる、近年の興味深い作品には、バリー・コースキーの演出(2017年)があります。彼自身もユダヤ系のオーストラリア人ですが、彼の演出には、ワーグナーの「反ユダヤ主義」について、真正面から問いかけをするようなシーンが随所に埋め込まれています。

 登場人物に特徴があり、ザックスは預言者としてのワーグナーに、ヴァルターもメシアとしての若きワーグナーに扮し、コジマに扮したエーファと恋仲になっています。奇妙にも、ダーヴィットも学生時代のワーグナー、子供たちもワーグナー風といったように、分身がどんどん飛び出します。ポーグナーはリストに、そしてユダヤ人指揮者のレヴィがベックメッサーとして描かれています。「嫌われ者」とされるベックメッサーは、ユダヤ人のカリカチュアの定番である、「ダビデの星」とカギ鼻が強調され、大きなお面を被せられています。おまけに同じ顔のアドバルーンが巨大に膨らみ、最後は醜く萎んでしまうシーンがありますが、それを、ザックスは部屋の片隅で、慄きつつ見ているように表現されています。というのも、その顔はワーグナーの顔をデフォルメしたものでもあり、ベックメッサーもワーグナーであったかのように演出されているからです。父親がユダヤ系のルートヴィッヒ・ガイヤーという人物ではないかという出世の謎を抱えるワーグナーが、ユダヤの血が流れているかもしれない自分自身への憎悪を感じていたことを、この作品で暗示しているようです。

参考文献

ー藤野一夫「不可能性としてのユートピア《ローエングリン》」『クラシックジャーナル046 オペラ演出家 ペーター・コンヴィチュニー』pp40-47、山崎太郎編、株式会社アルファベータ、2012年 

ーPer-Erik Skramstad, Wagneropera.net, „Katharina Wagner: Die Meistersinger von Nürnberg, Bayreuth 2010 Die Meistersinger von Wagner”, https://www.wagneropera.net/articles/articles-bayreuth-2010-skramstad-katharina-wagner-meistersinger.htm(最終閲覧日2020/05/01)

ーHorant H. Hohlfeld, 舞台監督Wolfgang Wagner,『WAGNER: DIE MEISTERSINGER VON NÜRNBERG BAZREUTHER FESTSPIELE|DANIEL BARENBOIM』Peter Seiffert, Endrik Wottrich, Matthias Hölle, Andreas Schmidt, Robert Holl他, 1999, Unitel GmbH & Co. KG. Munich, 出版EuroArts Music International, ドイツ, 2007

ーSebastioan Weigle, 舞台監督Katharina Wagner,『DIE MEISTERSINGER VON NÜRNBERG Oper in drei Aufzügen von Richard Wargner Live – Mitschnitt aus dem Bayreuther Festspielhaus 2008』, 制作United Motion KG, 出版NAXOS, 制作E.U. , 2008

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